2006年01月21日

そこに神はいた……@

1988年、10月19日。
秋晴れの空が、老朽化を言われつつも毅然としたたたずまいの川崎球場のグラウンドを照らしていた。近鉄VSロッテ25回戦。
平日の3時、人気があるとは言えないパリーグの球団同士の戦いながら、川崎球場は閑古鳥どころか球場に入れない人がいたほどの人数を集めていた。

サードベンチに穏やかに、だが熱くたたずむ仰木彬監督は、その年から近鉄を率いていた。
ヘッドコーチの中西、投手コーチの権藤の半トロイカ体制で、1年目からチームを優勝争いに導いていた。
主砲、ラルフ・ブライアント。投手にはルーキーの阿波野の顔も見える。闘将金村義明は、骨折によりネット裏にいるという情報が入っていた。
このダブルヘッダーで2連勝すれば、全日程を終えた王者西武を抜き、パ・リーグ優勝である。

ロッテの先発は小川博。後年、とんでもない不祥事というか犯罪に関わってしまう男であったが、当時はバリバリの現役選手。この年ではないが、奪三振王も取っていたはずだ。
近鉄の先発は、この年阿波野とともに先発の柱として安定していた小野。
しかし、試合は2回にロッテが愛甲のホームランなどで先行。近鉄は4回まで小川の巧みな投球にパーフェクトに押さえられてしまう。
だが5回、鈴木貴がソロホームランで反撃開始。
7回、ロッテ佐藤健の二塁打で3−1と突き放されるも、8回、代打の村上が2点タイムリーを放ち、ついに同点となる。
このころから球場の雰囲気が明らかに変わり始めた。
9回表、最初の魔法がかけられる。
1アウト後、淡口が2塁打を放ち、代走に佐藤。
しかし、続く鈴木のヒットで本塁突入を躊躇した佐藤は三本間に挟まれタッチアウト。
呆然と崩れ落ち、しばし動けない佐藤。涙を流してベンチに引き上げる佐藤にスタンドから暖かい拍手が送られる。
そのときラジオのアナウンサーが「金村が泣いています!」
ネット裏にいた金村が顔をクシャクシャにして泣いているのを想像すると胸が熱くなる。
規定により、第一試合は延長戦はなし。この回に勝ち越さないと、優勝はできない。
そして仰木監督は、ここで、今シーズン限りでの引退が決まっていたベテラン梨田を代打に送る。
2アウト、ランナーは2塁に俊足とはいえない鈴木。
ピッチャーはロッテの守護神牛島。
梨田の打球がセンターに抜け、鈴木は鬼の形相で本塁に突入する。
「セーフ」
球場は揺れ、ラジオのアナウンサーは絶叫し、パリーグに興味のない人たちも、関心を持ち始めた。
だが、9回裏、神はさならる試練を貸した。
近鉄は守護神の吉井を8回から投入していたが、この回の先頭打者丸山に投げた玉をボールと判定されて激高。すっかりエキサイトして次打者山本への制球が定まらなくなってしまう。
ここで仰木監督は、なんとピッチャーに阿波野を送る。
第2試合での先発と見られていたが、ここで勝たないと意味はないということだろう。
だが、山本は代わった阿波野のボールをライトに痛打する。
ところが、ランナーだった丸山が大石と交錯、これが守備妨害と判定されてしまう。
有藤監督が猛抗議をすれば、近鉄サイドも、ロッテのラフプレーに怒り心頭。
一瞬騒然となった。
この状況で、新人であった阿波野は苦しみながら最後の打者森田を三振に抑える。

そう、このとき川崎球場では、まさに野球の神たちがイタズラにイタズラを重ねているかのように、勝利の女神の笑顔をグルグル回していたのである。


posted by 魚雷亭沈没 at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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